確かに王宮では、そういった話題を王族の耳に入れまいとする傾向がある。クリスが知らなくても当然だ。
そこがラスラリエの暗部であることには、間違いないのだから。
「父さん、シーサイドエンドでたまに、無償の診察をやってるんだ」
「それは…素晴らしいことだと思いますが。先生に危険はないのですか?」
「あるわけねえよ。それこそ、父さんに危害でも加える奴がいたら、袋叩きだ」
「…なんだか、私が思っていた町とは違うんですね」
「そうだな。ほんとは行ってみるのが一番いいんだけど…さすがにクリスをシーサイドエンドに連れて行ったなんて知れたら、ただではすまない」
「ウィルの学校へは、連れて行ってもらいましたけどね」
「言うなって。レフにもまだ話してないんだから…」
ちらっとウィルトが振り返る。それよりも一瞬早く、レフは身を隠した。
聞かれていないと安心したのだろう。ウィルトは声を落とし、不服そうな声でクリスに訴えていた。
「あんまりお前が行きたい行きたい、言うからだろ」
「感謝しています。あの時にお会いした皆さんは、お元気ですか?」
「元気でやってるよ。まさかお前が本物の皇太子だなんて、想像もしてないだろうけど」
クリスの素性を隠すのも、内緒で彼を連れ出すのも、大変なことなのに。意に介さないクリスの様子に呆れ、ウィルトは再び自分のコマを動かして、溜め息を吐いた。
レフは渋い顔になり、再び二人の姿を覗きこんで、ウィルトの背中を睨みつける。
本当は飛び出して説教の一つもしてやりたいところだが、盗み聞きしている後ろめたさから、今は黙っていることにした。
皇太子をお忍びで連れ出したなんて。
事が明るみに出れば、どれほど問題になるか。あの子は本当にわかっているだろうか?もしクリスの身に何事か起こっていたら、小言を食うどころの話ではないのだ。
ある程度、ウィルトから世間のことを知るのは、次期国王であるクリスティンにとっても、有益なことだろう。だが物事には、限度がある。
―――機会を見て注意しておかなくては。
レフはさらに、子供たちの会話に耳を傾けた。
「なあ、クリス。どうしてシーサイドエンドの住人は、税を納められないほど困窮してるんだと思う?」
「…働いていらっしゃらないから、ではないのですか?」
「彼らは働いてるよ。仕事の絶対数は、中央より多いくらいだ」
「だったらどうして…」
「給料が安いから。シーサイドエンドの住人に支払われる賃金は、中央の人間の半分以下だ。夫婦が一日中必死になって働いても、それじゃ家族を養っていけない」
「………」
「だから子供たちも働かせる。当然、オレ達よりもずっと忙しい毎日になる。そうしたら、学校へなんて行ってる余裕はない。知識や教養を身につけられないから、大人になっても安い賃金でしか雇ってもらえない」
「その方たちに子供が出来ると、また子供たちを働かせなければならない」
「同じように、教育を受けられない子供が大人になる」
「…悪循環ですね」