「でもそんな風に、何代も何代も彼らはシーサイドエンドを離れられないまま、生活を続けてきたんだ。もし貧民街が無くなったら、彼らはどこで生きていけばいい?同じ境遇の者と肩を寄せ合うことが出来ず、孤立して、それこそ犯罪に走るしかないだろ」
「………」
「シーサイドエンドのような町は、必要なんだ。もし必要なくなれば自然に消えていく。彼らの生活が少しでも改善するよう、手を貸す必要はあるかもしれない。でもそれは、町をなくすとか、町を作り変えるとか、そういう大規模な改革じゃない」
聞いているレフが舌を巻くような、理路整然としたウィルトの話。誰が語るよりも、クリスにはわかりやすく貧民街の功罪が理解できただろう。
しかしそこまで語っておきながら、唐突にウィルトはくだけた口調になった。
「――なんてな」
「え?」
「半分以上、父さんの受け売り」
厨房の方を向いて座っているクリスが、呆気に取られてぽかんと口を開けた。
めったに見られない皇太子のそんな表情に、ウィルトは笑っているようだ。
「間抜け面すんなよ、王子様」
「だって…」
「お前がシーサイドエンドに興味を持ってるって言うから、ちょっと調べたり聞いたりしたんだ。オレ自身は今まで、そんな難しいことを考えたことなかった。もっと気楽に、遊びに行ってただけだよ」
「友達がいるんですよね」
「そう。シーサイドエンドにエリクってヤツがいてさ…こいつホント、タチ悪ぃの。誰にでも見境無くケンカ売るから、頭に来て買ってやったんだ」
「ウィル…あんまり危ないこと、しないでくださいよ」
「別に。オレ、勝てない勝負はしないし」
「またそういうことを」
「なんかしんねーけど、それ以来あいつ懐いてきてさ。いきなり勉強教えてくれって言いだしたんだ」
「じゃあ…シーサイドエンドには、そのエリクさんに勉強を教えるために?」
「他にも色々。まあ、たまにだけどな」
クリスは自分のコマを手に、考え込んでしまう。しばらくして、まっすぐにウィルトを見つめた。
「皆さんには学ぶ意思があるんですね?」
「もちろん」
「中央と同じ制度では学べない皆さんに、学ぶ機会を持っていただくことが出来れば…シーサイドエンドは変わるんでしょうか」
「かもな」
「時間がかかりますけど」
「でも、何もしないよりはいい。…って、思ってんだろ?」
「はい」
嬉しそうに微笑んだクリスが、なにげなく自分のコマを置いた。それを見てウィルトが、ゲームのボードを指差した。
「オレの勝ち」
「え?…あっ、ちょっと待って」
「ダ〜メ。待ったナシって言ったろ」
「そうですけど、考え事をしていたので」
「言い訳もナシ」
「そんなぁ…」
「負けは負け。明日はアルムと一緒に、乗馬の練習だな」
「…私が馬に乗れたって、あんまり意味がないと思うんですけど」
「しょーがないじゃん、お前負けたんだし。オレが勝ったらクリスが明日、アルムに付き合うって条件で、あいつおとなしくしてんだし」
「貴方が勝てない勝負はしないのを、忘れていました…」
がっくりとうな垂れるクリスを見て、ウィルトがくすくす笑っている。静かにその場を離れたレフの元に、アルムがケーキが焼けたことを知らせに来た。