もちろんウィルが身分を隠す必要はないので、普段着のままだが……その隣には、頭からすっぽりマントを着込んだ、怪しい子供が立っていた。
「レフ…暑くない?」
「暑いに決まっているだろうがっ」
小声で尋ねたウィルに、かなり不機嫌な声が返ってくる。まるで全部ウィルが悪いとでも言い出しそうな、レフの尖った声。
彼の八つ当たりを引き受けるのは構わないが、今回に関してはウィルも被害者なのだ。
「そんな怒らないでよ、オレのせいじゃないんだから」
「アルムにバラしたお前が悪い」
「オレがバラしたんじゃなくて、リュイス様が…」
「同罪だ」
二人の視線の先には、物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回している、アルムの姿。
どうしても聞き分けなかったアルムは、一人でも町へ出ると言い張り、仕方なく案内の為にウィルが、警護の為にレフが付き合うことになってしまったのだ。
クリスをお忍びで連れ出す事はたまにあるが、アルムを町へ出してやったのは初めてに近い。目の前の全てに興味津々なのも、仕方ないだろう。
溜め息を吐くレフの背中を、まあまあ、とウィルが軽く叩いた。
こうして二人で並ぶと、もうウィルの身長はレフに追いついている。それどころか逞しい体つきの分、ウィルの方が大きく見えるだろう。
レフには面白くない事態だ。しかし口に出すのは何か悔しいので、あえて自分からは何も言わない。
ひとしきりはしゃいでいたアルムが、ウィルに呼び戻されて駆けつけた。
「やっぱりどの店も、同じ菓子を売ってるんだな!」
アルムの言う通り、数え切れないほど並ぶ露店では、同じ焼き菓子が売られている。形や趣向は違っても、ベースは全て同じものだ。客は男女半々というところ。
「なあウィル。この祭って、結局どういうものなんだ?」
「お前なあ…肝心な所を知らないで、ついて来たのかよ」
「知ってるってば。その…す、好きな人に、木の実を混ぜたお菓子を贈る祭だろ?」
「由来は知らないのか?」
「知らない」
「まったく…」
溜め息を吐きながら、ウィルはアルムを連れて歩き出す。半歩後ろを、レフもついてきた。
「昔、事故で記憶をなくして、恋人このことがわからなくなった男がいたんだってさ」
言いながらウィルは、ちらっとレフを振り返った。
周囲を警戒している彼に、変化は見られない。ウィル自身はこの話を聞いたとき、まるで母とレフのようだと思ったのだけど。
「医学的に考えるなら、頭を強く打ったせいだろう。自分のこともわからず、性格が変わってしまって、結婚を約束したはずの恋人にも、辛く当たった」
「…かわいそうだな」
「まあな。で、周囲はもちろん結婚に反対。彼女は強引な父親に、別の男と結婚するよう命じられた」
「なんで命令されんの?ラスラリエでは、誰でも自分の好きな人と結婚できるだろ?相手が魔族でもヒトでも、国に申請したら許可される」
「そう簡単な話でもないんだよ、昔の話だしな」
「ふうん…」
「それでまあ、彼女はその結婚式の前日に男の元を訪れ、振り向きもしない男に、木の実を混ぜた焼き菓子を贈ったんだ。二人の思い出だから、食べて欲しいって」