からかわれたと思って振り返ったレフは、すぐに顔を前へ戻した。間近に見つめていたのは、子供だなんて笑うことも出来ない、熱っぽい瞳だったから。
きゅっと唇を噛み、視線をさまよわせる。しかしすぐにレフははっとして、ウィルを振り払った。
「レフ?」
「アルムはどうした」
「え…?アルムなら、その辺に…」
言いながらウィルも視線を巡らせる。そういえば露店を覗いているはずのアルムの姿が見えない。
どうしたのかと首を傾げたウィルは、路地裏へ連れ込まれそうになっている子供の姿を見つけ、顔色を変えた。
「レフ!あそこっ」
「!…待て、お前たちっ」
素早くレフが人混みをかき分け、走り出した。いくら町に慣れていると言っても、小柄なレフが人の隙間を縫い、駆けだしてしまったら、足の悪いウィルに追いつくことは出来ない。
なんとかレフの行き先を見失わないよう、彼の消えていく角を睨みつけ、ウィルも足早に移動する。
クリスを町へ連れ出したときも、前にアルムを王宮から連れ出してやったときも、こんなことにはならなかったのに。焦りを感じながら、なんとか二人の消えた路地裏へたどりつき、周囲にレフの姿を探した。
「ぅ、がああっっ!」
低い男の叫び声を聞いて、ウィルは踵を返す。
―――こっちか!
入り組んだ細い路地を進み、何度か角を曲がる。ようやく人の気配を感じ、ほっとして最後の角を曲がったウィルの足下に、見覚えのない男が倒れ込んできた。
「う、わっ」
「ウィル!受け取れっ」
「え?…っ、アルム!」
ふわっと空中に浮かんでいたアルムの身体が、突風に押し出されるようにして、ウィルの方へ飛んでくる。なんとか幼い身体を受け止めたが、そのままアルムを抱えて壁に激突してしまった。
「ってえ…乱暴だなあ。大丈夫かアルム?怪我は?」
「お、俺は平気…でも、レフが」
「え?」
賢護石の魔力を間近に見たことのある人間は、つい彼らが万能だと思ってしまう。魔力の使い方を心得ている賢護石たちに、出来ることが多いのは確かだ。
しかし彼らは、けして万能などではない。
レフの放った暴風が、周囲をなぎ倒した。
「ぐ、ああっ」
「ぎゃああっ!」
レフを取り囲んでいた男たちのうめき声。咄嗟にアルムの頭を庇って、身を低くしたウィルに、影響はなかったけど。その視線の先で、金色の髪がぐらりと身体を傾いだ。
「レフ!」
慌ててレフに近づき、倒れ込んだ身体を抱き起こす。すっぽりかぶっていたマントの下が、おびただしい血で濡れていた。
愕然として男たちを振り返る。一人の男の手から、血まみれの短剣が転がった。
―――あれで刺されたのか?!
ウィルは顔色を失ったまま、レフの身体を強く抱きしめた。
「レフ!しっかりしろ、レフ!」
「さ…わぐ、な…うるさい…」
「レフッ」
「アルムは、無事か…?」
「大丈夫だ怪我一つしてないっ」
「そうか、良かった…」
ずしっと抱えた身体が重くなる。ウィルはなんとかレフを支えながら、周囲の安全を確認した。