【Will x Leff F】 P:09


 
 
 
 父がシーサイドエンドの出張診療所の代わりとして使っている一室に、レフの身体が運び込まれる。浅い息遣いを聞きながら、ウィルは傷口の周囲から衣服を切り取った。
 さっき確認した時は浅く見えたのに、小さな傷口からは脈打つように血が溢れてくる。
 短剣に毒が仕込まれていたせいでも、何かの病というわけでもない。賢護石だからとしか、考えられない状況。

 ウィルが絶望に手を止めたのは、三十分ほどしてからだ。

「…くそっ、なんだこれ!」

 どんなに傷口を押さえても、血が止まらなかったはずだ。どういうわけか切られた患部が、徐々に広がっている。
 無事だった肌を、少しずつ少しずつ、傷が侵しているのだ。
 まるで切込みを入れた布を、両側から引っ張っているみたいに。じりじり裂け目が大きくなっていく。
 ウィルは薬品の並んだ机を殴りつけた。

 ―――どうしたらいいんだよ…っ!

 緑の賢護石にしか治療が出来ない。レフは掠れた声で訴えた。その理由をようやく理解する。こんな理不尽な状況、確かに魔力でもなければ治せない。

 ―――でもここにはオレしかいない。リュイス様はいないんだ。今から呼びに行ったって、いつになるかわからない…!

 崩れてしまいそうな膝に力を入れ、ウィルは必死に考える。何か方法はないのか。
 たとえ自分には治せなくても、時間稼ぎになる方法はないのか。

 膨大な本を読んできた知識なんか、まるで役に立たない。懸命に考え続けていたウィルは、ふいに大学で聞いた言葉を思い出した。

 ―――『完璧な医療などない。絶望の際で患者を救うのは、医者の経験と勘だ。その現場で今、何が必要なのか。考えることが出来ないなら、手を動かせ。』

 年老いた教授の言葉が、ウィルの思考に突き刺さる。
 もう一度レフのそばに立った。努めて冷静に患部を見つめる。
 どんどん開いていく傷。横に広がっているということは、おそらく深さも増しているはずだ。本当に進行を止められないのか?
 ……たとえば、ヒトや普通の魔族には致命傷を与えるだけの事でも。賢護石の身体なら耐えられるかもしれない。
 ウィルは診察台の隣に用意してあった、外科手術用の糸と針を手にした。まだ医学生のウィルが、一人でこんな処置をしたことはない。でも今は、躊躇っている暇などなかった。
 糸のように細い針を、レフの身体に突き刺した。そのまま患部を縫ってみると、一瞬だけ傷の開きが止まった。
 でもそれは、本当に一瞬のこと。またしばらくすれば、同じように肌が切り裂かれる。

 ―――違う、一瞬でも止まった。肝心なのはそこだ。

 ウィルはレフのそばを離れ、人だかりの出来ている診療所の入り口に駆け寄った。顔見知りの中年女性が、アルムのそばについていてくれている。
 それを目に止めながら、ウィルは人々の中に一人の少年を探し、目当ての人物を引っ張り出した。

「エリク!」
「おう…なんか、酷ぇことになってんな」
「おばさん、ありがと。アルム来い」

 ウィルは二人を、診療所の片隅へ連れて行く。