引っ張り出されたエリクは、ウィルと同い年だが比べ物にならないくらい背が高く、逞しい体つきをしている少年だ。
彼は生まれたときからこの貧民街に住み、他の子供たちがそうであるように、ずっと幼い頃から肉体労働を強いられていた。
浅黒く焼けた肌に、細いつり目。彼はいつもの勝気な表情が嘘の様に、心配そうな顔で診察台に視線を向けている。
「今、ベルマン先生を呼びに行ってもらってるんだけど、なんか時間かかるらしくて」
「わかってる。父さんは今日、王都にいないんだ」
それに父がいたとしても、自分と同様、レフの治療は出来ない。
首を振ったウィルは、まっすぐにエリクを見つめた。
「お前に頼みがある」
「なんだ?」
「無茶な頼みだって事は、わかってる。お前の身に危険が及ぶかもしれないし、少しの間、不自由な思いをするだろう。酷い扱いを受けるかもしれない」
「ウィル…」
「もちろん、後で絶対に助ける。本当は断ってもいいって言いたい。だけど今は、お前以外に頼れるヤツがいないんだ。断らないで欲しい」
ウィルは昔から、何度もこのシーサイドエンドに足を運んでいる。その理由の一つは、エリクに勉強を教えるためだ。
最初はそりが合わずに大喧嘩。その後話をするようになって、友達になった。学校へ行ったことのないエリクが勉強を教えて欲しいと頼んだら、ウィルは自分に出来ることならと、精一杯応えてくれた。
……なのに彼は今、それを理由にしない。
どこか悔しそうな顔で、それでも真っ直ぐにエリクを見て。自分に不利なことばかり積み上げている。
エリクはにやりと、得意げに笑った。
「…バカじゃねえの」
「エリク」
「お前の頼みなら、何でも聞いてやる。時間ないんだろ、早く言え」
「悪い。何かあれば、絶対に助けるから」
繰り返すウィルに、エリクは首を振った。
今エリクは、確かに働いているけど。ウィルから貰った知識のおかげで、他の子供たちよりもかなり優遇されていた。
そんなエリクの才能を目の止めた雇い主から、学校へ通わせてやると言われたのは、先週のことだ。
ウィルに会ったら、真っ先に報告しようと思っていた矢先の出来事。
エリクは命懸けになっても構わないと、強く気持ちを固めながら、ウィルの言葉を待っていた。
ウィルは静かに診察台を振り返る。
華奢な身体が、おびただしい血を流して横たわっている。
「…あそこにいるのは、黄の賢護石レフ様。この子は第二王子のアンゼルム殿下だ」
「う…嘘だろ…」
思いもよらない名前を聞いて、エリクが目を見開いた。ウィルは首を横に振る。
「本当なんだ。悪いが今は、細かい説明をしている暇がない。お前にはこのアンゼルム殿下を連れて、王宮へ行って欲しいんだ」
「お、オレみたいな貧民街の人間が、入れるわけねえだろっ」
「わかってる。しかも今日、殿下がお忍びで町に出られたことは、誰も知らないんだ。もしかしたら、お前が殿下を誘拐したと、疑われるかもしれない」
「………」
「もちろん、どんなことをしても助ける。だけど今は、どうしても緑の賢護石リュイス様に連絡を取らなきゃいけない」
「リュイス様?」