「わかってます。でも、やるしかない」
「ウィルト君…」
「体力勝負になると思う。誰かに滅菌の作業を手伝ってもらってください」
「…わかった。頼んでくるよ」
「お願いします。先に始めます」
「ああ」
男が飛び出していく足音を聞きながら、ウィルは息を整える。ふいに頬を緩め、鮮やかに美しい金色の髪を撫でた。
「愛してるよ、レフ。誰より、愛してる」
そう囁いて、苦しそうな呼吸を続けるレフの唇に、そっと口付ける。
顔を上げたウィルは、終わりの見えない戦いに一人、身を投じた。
アルムとエリクが診療所を出てから、もう三時間以上が経っていた。
過酷な状況に、手伝う人間は三度目の交代をしている。しかし施術を行っているのは、ウィルだけだ。
―――まだか、アルム!
歯を食いしばって、声にならない声で叫んでいた。
思ったとおり、広がり続ける傷口は、外側だけではなく中まで及んでいる。ウィルは内臓を見える位置まで引っ張り出して、進行する患部にメスをあてていた。
……同じ事の繰り返し。広がる傷を縫い、溢れる血を掻きだし、余計な場所へ広がろうとする部分に、メスを当てる。そうすれば、進行する傷の方向を変えられるのがわかったからだ。
少しでも命の影響のない場所へ。
無傷の部分を切るなんて、普通の魔族ならいくら体が丈夫でも、致命傷になる。でも賢護石の身体には、耐え抜くだけの力があるようだ。
麻酔が効かないことは真っ先に確かめた。
どんなに無駄だと思えても、とにかく続けるしかない。
「ウィルト君…少し休んだ方が」
「ダメです。手を止めたら、傷が広がる速度に負ける」
「しかし君、もうずっと…」
「いいから!次の用意をしてくださいっ」
滅菌が間に合わないことを怒鳴り、煩わしいばかりの気遣いを押しのける。
リュイスが到着すれば、いくらでも謝ればいい。今は手を止めるわけには行かない。
助手を務めている男が、心配するのは当然だ。ウィルはこの手術を始めてから、一瞬も手を休めていない。
常に状況を判断し、目に見えないほど小さな傷を探り出し、切って縫ってを繰り返している。
大人でもこんなことを続けたら、一時間ともたずに腕が持ち上がらなくなるだろう。それをまだ医学生の……それどころか、たった十三歳のウィルが三時間以上続けている。
少年が倒れてしまったら、それこそ全ては終わりだ。
だがここに、代わりを出来る者がいないのも事実。大人たちには、ウィルが耐え抜いてくれるのを、祈ることしか出来ない。
ウィルの指先が止まった。
震えの止まらない自分の指に苛立ち、手首のあたりに噛み付く。
「ウィルト君!」
「く、っそ!動けよっ」
血が出るほど強く噛んで、痛みに眉を寄せたウィルは、なんとか指先の感覚を取り戻した。
「もう無理だ!こんなこと続けられないっ」
「無理じゃねえよ!」
「…ウィルト君…」
「諦めてたまるかっ!」
叫ぶ声は、周囲の大人に向けられたものじゃない。
か細い声で、ウィルに諦めろと呟いたレフ。自分たち賢護石の治療は、リュイスにしか出来ないから。