無駄なことはするな、なんて。その言葉がどんなに残酷か、レフにはわかっていたのだろうか。
悔しくて泣きたくなる。
でも泣いている時間は無い。
ぎりっと歯を食いしばり、必死に手を動かし続ける。
もう四時間が経とうとしていた。
その時。
このシーサイドエンドでは聞き慣れない、早駆けの蹄(ヒヅメ)の音が、診療所まで届いた。
ほっとした顔で顔を見合わせている大人たちの中、同じように馬の蹄の音を聞いているはずのウィルは、まだ手を止めない。
ここまで来て止めるわけにはいかないからだ。ウィルは安堵に傾きそうな心を、強靭な精神力で支えていた。
そこへようやく、プラチナグリーンの長い髪が駆け込んできた。
「どこだウィル!」
「こっちです、リュイス様!」
応えながらもウィルは、けして手術を止めようとしない。近づいてくる足音。視界に見慣れたリュイスの指輪が飛びこんできて、ウィルはやっと手を止めた。
「よくやった、ウィル。後は任せろ」
「…はい」
レフの血で染まったウィルの手が、リュイスに患部を明け渡す。
代わりに指の長い大きな手が、レフの傷にかざされた。
近くに見ていた者しかわからなかっただろう。淡くリュイスの手が発光している。
森の中を思わせるような、温かな緑色の光。それがどんどんレフの身体に吸い込まれていく。
ウィルは傷口しか見ていなかったので気付かなかったが、顔を上げればリュイスの深い緑色の瞳が光を放ち、輝いているのが見えただろう。
あんなに苦労して縫い続けても、引き裂かれ続けた傷が、少しずつ塞がっていく。
外側が端から徐々にくっついて、ようやく血が止まった。そのままリュイスの手は、レフの腹の辺りに押し付けらる。
しばらくは時が止まったかのように、誰も動かなかった。
リュイスの指先から、そして瞳から、緑色の輝きが消えた。
するとまるでさっきまでの状態が嘘のように、レフはゆっくり身を起したのだ。
背後で歓声が上がる。
息を詰めて見つめていたウィルも、深い溜め息を吐いた。
顔を上げてレフを見つめる。傷は塞がったものの、大量に体内の血を失ったレフの顔色は、まだ悪いままだった。
「レフ、大丈夫?」
「心配ない。お前こそ…酷い格好だな」
言われて初めて、ウィルは自分の姿を見下ろした。ウィルの服は胸の辺りから腰まで、真っ赤になっていた。
「…全部、貴方の血だよ」
「そうか」
「まだ顔色、悪いね」
「体力までは回復しないが、少し休めば大丈夫だ。リュイスの魔力で、傷は完全に塞がっている」
その言葉を聞いて、ウィルは目を閉じた。固く唇を塞いでいないと、余計なことを喚いてしまいそうだ。
―――緑の賢護石にしか、治せない…
それはつまり、自分のしたことなんか、何の役にも立たなかったということ。リュイスが間に合わなかったら、本当に諦めるしかなかったのだ。
苦しげに顔を背けたウィルの身体が、ぐらりと傾ぐ。リュイスが受け止めてくれたが、それを断り、なんとか自力で診察台に寄りかかった。
レフの前で倒れることは出来ない。