兄の言う通り、部屋にはウィルも誰もいなかった。しかしテーブルには二人分の茶器が並んでいて、ついさっきまでウィルがいたことを容易に想像させた。
あまりにも悔しくて。
自分の想いを軽んじる兄に、憎しみさえ感じてしまって。
……とうとうアルムは、己の中の激しい感情に負けてしまった。
ファンも、ウィルも関係ない。
自分が愛しているのは貴方だけだ。
この想いは誰にも負けない。
ラスラリエが、世界が、貴方以外の誰がどうなっても構わない。
―――貴方が欲しいんだ!他には何もいらないっ!俺は貴方を愛しているんだ!
力任せに兄を抱きしめて叫んでいた。
この想いが届かないなら、死んでもいいと訴えた時。兄の身体が大きく震えたのを感じた。
抱きしめる腕を振り払い、アルムの元から逃げ出したクリスは、長い距離を走ったかのように息を継いで、肩を上下させていた。
足を止め髪を横に揺らせながら、アルムを振り返る。
恐ろしいものでも見るように、怯えた顔をしていた。
一歩アルムが近づくたび、彼は一歩あとずさる。
苛立ったアルムが大股に距離を詰めると、クリスは本気で部屋から逃げ出そうとした。しかし鍛錬を怠らないアルムから逃げることは出来ず、すぐに捕まってしまう。
―――やめなさいっ!
痛いくらい切ない、クリスの声。
そんなにも自分の想いを拒絶するのか。腹を立てたアルムは、強引にクリスをベッドまで引きずって行って、彼を乱暴に放り出し押さえつけた。
―――クリス!!
兄のことを、初めて名で呼んだ。
間近に見つめた彼は、きつく目を閉じていて。必死に何かと戦いながら、ぼろぼろ涙を零していた。
初めて見る兄の涙に、心臓が潰れる。
息をするのも忘れて凝視してしまう。
苦しみに喘ぐ彼の姿は、見たこともないほど美しい。濡れた睫が艶めかしくて、アルムはゆっくり顔を近づけた。
―――やめて…ください…っ
顔を背けて、拒む。構わずアルムは、唇を寄せる。
片手で頭の上にクリスの手を掴み、空いた手で顎を捕らえた。
重ねた唇の甘さに、身体の奥から震え上がった。強く噛み締める唇を、強引にこじ開けて舌を挿し入れる。
怯えて縮こまった兄の舌を強く吸ったアルムは、熱い溜め息を零しながら顔を上げた。
―――どうしても嫌なら、俺の舌を噛み切れよ、クリス。
―――そんなこと…っ
―――言っただろ!俺はこの想いが届かないなら、死んだって構わない!貴方がとどめを刺せばいい!
無茶苦茶なことを言っている自覚はあった。でも、本気だったのだ。
こんな、身を引き裂かれるような苦しみを、永遠に味わうくらいなら。痛みに悲鳴を上げたまま、兄を見つめて生きるなら、死んでも構わないと。
クリスは可哀相なくらい眉を寄せ、泣きながら首を振っている。アルムはそれでも、唇を塞いだ。