まるでアルムが強引に押し切ってしまったような、昨夜の出来事。
でもそれが……もし互いの答えなのだとしたら。自分の知らぬところで悩みぬいてた兄の背中を、ただそっと押しただけなのだとしたら。
この美しい兄が、ずっと自分と同じ気持ちで、いてくれたのなら。
勢いよく起き上がったアルムは、歓喜に導かれるまま、ぐっと兄の身体を引き寄せた。
「アルム…っ」
「わかってるよ。でも、もう少しだけ」
非難めいた声で名を呼ばれても、アルムは止まらない。思慮深い兄が一歩を戸惑うなら、自分が先に闇へ踏み入り、手を差し伸べればいい。
深く口付けるアルムの唇に、躊躇いながらもクリスは応えてくれる。舌を絡め唾液を混ぜあって、ようやく唇を離したアルムは、もう一度強く兄の身体を抱きしめた。
「俺が貴方を、守るから」
「………」
「一生そばにいて、貴方を守ってみせる。誰にも傷つけさせたりしない。貴方は俺のものだ…離さないから」
熱っぽく囁くアルムの言葉に、クリスの身体は大きく震えた。
青ざめるクリスの表情に気付かないアルムは、それを彼の歓喜だと受け取った。
「愛してるよ、クリス…永遠に愛してる」
クリスはその言葉に答えず、少しだけ寂しそうな顔で微笑んだ。
もしこの場に、彼のことを深く知るもう一人の男がいたら、殴り飛ばしてでもアルムを引き離したかも知れない。
でも、ここにいるのは二人だけ。
同じ者の血を受け継いだ、同じ罪を犯した二人だけだ。
淡い金色の髪が、全てを諦めたように横へ揺れる。「もう行きなさい」と繰り返され、今度は逆らわずに、アルムは身支度を整える。
ベッドの上で自分を見つめるクリスにもう一度近づいて、柔らかく肩を引き寄せた。
「身体は大丈夫?」
「ああ、平気だよ」
「良かった。…じゃあ、行くね」
ちゅっと唇に吸い付いたアルムを、クリスはどこかぼうっとした表情で見つめている。
幼く見える上目遣いが、なんだかいつもの凛とした兄だとは思えないほど、可愛くて。
アルムは幸せそうに微笑んだ。
名残惜しさを感じながらも、周囲に気を配って部屋を出る。いつもいる不寝番の兵士は、交代の時間なのか席を外していた。
ぱたん、と静かな音をさせて扉を閉める。
この向こうで兄は一人、昨夜のことを思い出すだろうか。羞恥も躊躇いも失って、獣のように自分を求めた熱い時間を。
そんな風に考えたら、顔に血が上って抑えがきかない。
第二王子であるアルムの私室は、同じ階の東側。しかしどうしてもこのまま戻る気になれず、西側にある兄の部屋から、すぐそばにある外階段へ飛び出した。
まだ暗い朝の空気が、冷たく頬を叩く。
叫びたくなる衝動を必死に堪え、思いっきり息を吸って吐き出した。
もっと、とねだったクリス。
もっと深く、と甘える声。
どんなに引き締めようとしても、次から次へ蘇る記憶が、アルムの頬を崩れさせてしまう。身体中で叫び声を上げている歓喜に急かされ、勢いよく階段を降りて、そのまま庭へ踏み出した。