【Will x Leff L】 P:07


 まだ太陽が昇り始めたばかりの時間に、人の気配はない。
 アルムは浮かれ気味に、軽い足取りで厩舎の方へ向かった。
 
 
 
 子供の頃から馬は好きだった。
 遠駆けに出るのも、世話をするのも。剣の稽古と同じくらい好きだ。
 何か思うことがあるとき、アルムはよく一人で馬を走らせる。流れていく景色と、攫われそうな風に身を委ねて、頭を空っぽにするのだ。
 そうやって予告もなく王宮から消えてしまう自分を、昔から兄は心配してくれた。

 ―――今度は一緒に行こうって、言ってみようか。

 兄はあまり乗馬が得意ではないが、だったら自分が乗せて走ればいい。
 彼の細い身体を抱いて、誰にも教えた事のない、夕日の綺麗な場所まで。兄弟で遠駆けに出るくらい、別に疑われることもないはずだ。
 真っ赤な夕日に染まっていく兄は、どんなに美しいだろう。
 邪魔の入らない二人きりの場所なら、少しは幸せそうに笑ってくれるだろうか。

 ―――辛いことばっかり考えてても仕方ない。俺はあの人の幸せだけを探していこう。

 責任感が強いからこそ、つい暗く考えがちな兄の代わりに。自分が彼の笑顔を取り戻すのだ。

 うきうきと楽しいことばかり考えながら歩いていたアルムは、ちょうど前から男が一人、こちらへ向かって歩いてくるのに気付いた。
 まさかこんな時間に人と出くわすなんて。思わず足を止めた自分に、相手も気付いたのだろう。驚いた表情を浮かべ、ゆっくり近づいてくる。
 すぐそばで足を止めたのは、ウィルト・ベルマンだった。

「随分早いな、どうした?」

 尋ねるウィルを見て、アルムはにやりと口元を吊り上げた。
 兄の親友、というだけではない強い絆を、昔から何度も見せ付けられてきた。
 皇太子である兄と対等に話すウィル。いつも当然の顔で隣に並び、まるで所有権を主張するかのように、二人は他の者を寄せ付けようとしなかった。
 幼い頃にはアルムもこの男に懐いていたのだが、彼が三年間サシャの谷へ旅立ち、戻ってきてからと言うもの、微妙に距離を置いている。
 無邪気に懐いていたのなんか、過去の話だ。どうあってもウィルとは相容れない。
 欲しいものが同じなのだから、彼は幼馴染みではなく、恋敵。
 昨日までは、どう足掻いても敵わなかった相手。
 しかしアルムは余裕の表情を見せる。

 ―――俺は、この男に勝ったんだ。

 訝しげに自分を見ているウィルに笑いかけて、肩を竦めた。

「随分早いのはお互い様だ。こんな時間まで仕事か?」
「まあな。これから戻って休むよ」

 そう言って、眠そうに横を通り過ぎようとする。アルムはすれ違いざまにウィルの腕を掴み、高圧的な視線で彼を見下ろした。

「言っておく事がある」
「なんだ?」
「兄上はもう、あんたのものにはならない」

 アルムの勝利宣言が理解できないのか、ウィルは足を止めて、自分より少しだけ背の高い親友の弟を、首を傾げたまま見つめていいる。