「…どういう意味だ」
「あんたのその分不相応な想いは、もう叶わないって言ってるんだよ。残念だったな?積年の想いが見事に砕けて」
高飛車なアルムの言葉を聞き、僅かに眉を寄せる。ウィルはアルムが歩いてきた先を見て、もう一度アルムを見つめ、重たい溜め息を吐いた。
「…そういうことか」
「そういうことだ」
ようやく理解出来たのだろう。しかしウィルは、やれやれとでも言いたげにアルムの手を引き離す。
「お門違いな牽制だな。俺にとってのクリスはずっと、一番大切な友人だ」
「なにを今さら…」
「こんな時間に出くわす意味を、少し考えたらどうだ」
低く言われて驚いたアルムは、ウィルがしていたのと同じように、彼が歩いてきた方向を見つめる。
視線の先には、賢護石の住む西館。
はっと目を見開いた。
最近、王宮内で囁かれていた、まことしやかな噂。
兄と新しい紫の賢護石が、優秀な一人の医者を奪い合い、彼もその間で揺れていると。
アルムは腹立たしく思いながらも、その噂を頭から信じていた。
しかし思えば、紫の賢護石ファンが、ウィルを主治医として慕っているだけなのは、よく知っている。
兄が親友をそれ以上の存在として見ていないのは、昨日確かめた。
だとしたら、もしかして。
……彼は昔から「レフが好きだ」と言い続けていた。幼いアルムが聞いていても、執拗だと呆れるほどに。
あの気持ちが薄れるなんてこと、あるはずがないのに。どうして自分は、王宮内にはびこる、根も葉もない噂を信じてしまったのだのだろう。
こんな時間に、西館から出てきたウィル。
よく見ればその姿は、どことなく気だるげに見えて、かもし出す雰囲気が色っぽい。
「あんたもしかして、レフと?」
呆然と尋ねたアルムを、ウィルは鋭い視線で睨みつける。
「考えて物を言えよ、アルム。…誰が聞いているかわからない場所で、二度とそんな不用意な言葉を、口にするな」
「あ…ごめん」
ウィルの言う通りだ。まだ暗い朝のうちとはいえ、王宮にはすでに働いている者もいる。どこに誰の耳があるかわからない。
自分とクリスほどではないものの、ウィルとレフだって、充分に人に知られてはならない関係なのだから。
甚だしい勘違いと、無神経な発言をしたことに、アルムはちょっと表情を翳らせる。大げさに溜め息を吐いたウィルが、じろりとその顔を覗きこんだ。
「まったくお前は…。まさかと思っていたが、やっぱりか」
「ウィル…」
「逃げ回ってたクリスの気持ちも知らないで…どうせ無茶したんだろ」
「っ!…強引にしたわけじゃ、ない」
押し切ったのは確かだが、ちゃんと合意の上だった。拗ねた顔をするアルムに、ウィルは疲れた顔で首を振った。
「お前の部屋か?それともクリスの?」
「…兄上の部屋だ」
「わかった。女官たちが来る前に、顔を出してくる」
「なんでそんなこと」
足早に兄の元へ向かおうとするウィルを、慌てて止める。しかしウィルにその手を叩き落されてしまった。
「あのな。お前みたいな荒っぽいのに好き勝手されて平気なほど、あいつは丈夫じゃないだろ。どこにも傷はつけてないとでも?」
「それは…その」