好き勝手をした覚えはない。いっそ積極的なのは、兄の方だった。しかしここでそんなことを言う必要はないだろう。
それに、まったく傷をつけていないのかと問われたら、反論できないのも事実。
もごもご口ごもるアルムの前で、ウィルは腕を組む。
「あいつの主治医は俺だ。それとも他の医者に診せるのか?…終わりだぞ、アルム」
終らせたくないなら、自分を行かせろとウィルは言っている。その言葉には、自分と兄の道ならぬ関係を支持している、彼の気持ちが窺えた。
「…反対、しないのか?」
戸惑いながら尋ねるアルムに、ウィルの眉間の皺が深くなった。
「してどうする。俺が反対したら止められるのか?そんな半端な気持ちなら、いますぐ忘れろ」
「違う!オレは真剣に…っ」
「だったらそんな、不安そうな顔をするな」
「ウィル…」
「先に言っておくが、俺はあくまでクリスの味方だ。あいつが少しでも嫌だと思っているなら、どんな手段でも講じる。しかしクリスが選んだことに、反対するつもりはない。…強引にしたわけじゃない、そう言ったのは、お前じゃないのか」
「…うん」
「いつか終わりにしなければならないことも、今後どれほどの重荷になるかも、あいつはちゃんとわかっている。おそらく、お前以上にな。だったら俺は少しでもクリスが苦しまないよう、支えてやるだけだ」
わかっていたことでも、ウィルの口から聞かされると、自分で考えるより重く圧し掛かってくる。
俯いて黙ってしまったアルムの背中を、ウィルはばしん!と強く叩いた。
「だからそういう、不安そうな顔をするなって言ってんだよ」
「だって」
「オレはお前のことも、レフとクリスの次ぐらいには、大事に思ってるさ。ああ…両親入れたら、五番目か?」
「五番って、なんか半端なんだけど」
「充分だろーが。ったく、ワガママ王子め。今くらいはもうちょっと、腑抜けに幸せそうな顔してろ」
むにっと頬をつねられて、アルムはようやく笑みを浮かべる。
ずっと兄が好きだった。兄としてだけではない……ずっとクリスを愛していた。
そんなアルムが、代わりに兄同然の存在として慕っていたのはウィルだ。
幼い頃は本当に、頼りがいがあって何をしても敵わなくて。でも兄に叱られたときは、やんわり間にも入ってくれた。
彼に頭を撫でてもらうのが、子供の頃どんなに嬉しかったか思い出す。
うん、と素直に頷いたアルムに、ウィルは手を離して悪戯っぽく笑った。
「そうやって笑ってろ。しかし、そのニヤけた顔で、朝議には出るなよアルム。クリスにも言っておくから」
「兄上、大丈夫かな」
「自分では何て?」
「…平気だって」
「ああ、じゃあマズいな。あいつの大丈夫と平気ほど、アテにならないものはない」
「ごめん」
「気にすんな。どうせ今日の朝議は、レフも欠席だからな」
意味深なことを言いながら軽く手を上げて、ウィルは中央殿の方へ去っていく。
アルムは予定通り厩舎へ向かい、馬番たちの手は煩わせず、一頭の馬を連れ出した。