【Will x Leff L】 P:10


 他の馬より一回り大きく、艶やかな黒毛の美しい馬。去年の誕生日に送られたこの馬を、アルムはことのほか可愛がっている。
 兄が選んでくれたと知ってからは、なおさらだ。

「よしよし、朝早くにごめんな。ちょっと付き合ってくれな」

 首筋を撫でて声をかければ、任せろとでも言うように頭をすり寄せてくる。手入れの行き届いた鞍に跨って、アルムは厩舎から一番近い、御者の門を抜けた。
 
 
 
 茨道は覚悟の上だ。
 クリスと一緒なら、どんな苦難も乗り越えられる。
 しかしそこに、ウィルも味方でいてくれるというなら、やっぱり心強い。彼は何と言っても、兄の親友だし。自分のこともよくわかってくれている。
 幼い頃、兄とウィルの関係が羨ましくて、しかし彼らのする難しい話にはついていけず、自分が拗ねて見せるとき。それに気付いて声をかけてくれるのは、いつも兄ではなくウィルだった。
 勉強を教えてもらったこともあるし、王宮から連れ出してくれたこともある。
 何年か前、黄の賢護石レフが自分を庇って大怪我をしたとき。一人でその命を繋いだウィルは、彼自身も大きな重圧を感じていたはずなのに、自分を抱きしめて「心配するな」と囁いてくれた。
 震えて泣いているしか出来ない自分に、緑の賢護石を連れて来るという使命を与え、お前なら必ず出来ると、力強く言ってくれたのだ。

『クリスの弟なんだから。ちゃんと出来るさ。』

 あの時のことは、今も鮮明に覚えている。
 それまでは漠然と、ウィルのようになってクリスのそばにいたいと思っていただけなのに。一人で困難に立ち向かい、しかし友人であるエリクや自分のことを気遣う優しさも忘れない、頼もしいウィルを見ていて。
 ぼんやりと背中を追うだけでは駄目だと、深く心に刻み付けられた。

 強くなろう。
 そして、同じくらい優しくなろう。

 兄の身を守るだけではなく。彼の悲しみや辛さも、全部受け止めてあげられるように。
 そうやって指針を与えられたことが、クリスへの想いをいっそう深いものにしてくれたように思う。

 ―――でも、まだ敵わないんだなあ…

 西館から出てきたウィル。
 たぶん彼は、今の自分と同じ幸福に満たされていたはずだ。なのに、勝手に噛み付いた了見の狭い自分と違い、クリスの身体を思いやり、自分の気持ちまでも受け止めていた。
 あの寛容さには、もうしばらく敵いそうにない。

 今は幸せそうな顔をしていろ、と言ってくれた。
 それはきっと、今だけは幸せを感じていてもいいのだと、認めてくれたからだろう。
 アルムはウィルに言われたとおり、幸せそうに顔を綻ばせて、山の方へ馬を走らせる。

 しばらく行くと、物見の塔が見えてきた。
 塔に詰めている兵士達は、予告もなく現れたアルムに、何事かと慌てている。
 ただの散歩だと笑って彼らを制し、アルムは一人そこからまだ先の、頂上に近い開けた場所まで馬を走らせ、ようやく手綱を引いた。

 山上から朝焼けの美しい海を見つめ、王都ショアを見下ろす。ここからなら、王都全体を見下ろすことが出来るのだ。