【この空の下にC】 P:06


 犯人は小柄で、いつの間にかこの街へ現れた、東洋人。
 彼は殺人鬼とは思えないほど美しく、真夜中の徘徊を何度か目撃されていて、昨夜やっと所在を掴めたらしい。
 もちろんどこの宿で殺人鬼が捕らえられたか、入れ違いにそこを出た泰成は、誰より詳しく知っていた。
 
 
 
 
 
 この街の警察署は、街の中心、東よりに建てられている。街で横暴に振舞う警察官を何度も目にするが、それを現したかのように、目立って大きな建物だ。
 そこに足を踏み入れた泰成は、まず担当部署よりも先に、署長室へ自分を案内させた。その方が話が早い。

 誤認逮捕の証人は泰成自身だ。
 昨夜も行われた犯行。それが起きたと推察されている時間、泰成は廃墟と化した教会で惺に会っている。
 もちろん署長は最初、易々と頷いたりしなかった。
 街の人々からも、首都の政治家からも解決をせっつかれていた連続殺人だ。ようやく犯人を逮捕出来て、意気揚々と発表するつもりだった彼は、惺が本当に犯人かどうかなんて、大した問題だとは思っていなかったのだろう。
 埒が明かないと判断した泰成は、懐からこれ見よがしに小切手を取り出した。

 ―――貴方の薄っぺらな自尊心に、値段をつけたまえ。今なら私が言い値で買ってやる。それが嫌なら、市長から免職されるのを待つんだな。

 泰成の言葉に署長は、目の色を変えて頷いた。こういう輩はどこの国にもいるものだ。
 遠慮がちに、しかし欲どしい顔で、署長は自宅の老朽化を訴える。補修どころか、この街なら建てかえられそうな金額を書いた泰成に、署長は態度を一変させ、自分も彼が犯人かどうか疑問に思っていた、と饒舌に語った。

 浅はかで強欲な署長に案内させて、警察署の地下に設けられた、拘置施設に移動する。奥まで並んだ狭い牢獄の一つに、美しい殺人鬼と地元紙の記事で評されていた彼が、ぼんやりと座り込んでいた。
 そのやる気のない顔といったら。
 思わず泰成は笑みを浮かべてしまう。

「言い訳ぐらいは、してみたかい?」

 母国語で声をかけると、惺ははっとして振り返り、不機嫌そうに泰成を見つめた。

「面倒臭い」
「言うと思ったよ。さあ行こうか」
「行こうかって、お前な」

 これが見えないのか?と、二人を遮る鉄格子に惺が手をかける。それを見た署長は慌てて看守に、鍵を開けるよう命じた。