【この空の下にC】 P:07


 躊躇いながらも、署長の命に逆らえず牢を開けた看守を見て、動揺したのは、後ろをついて来た警察官たちだ。
 せっかく自分たちが捕らえた犯人を、あろうことか上司が逃がそうとしている。内輪揉めを始めた彼らに目もくれず、泰成は腕を伸ばして、突っ立っている惺を無理矢理外へ引っ張り出した。

「昼過ぎには迎えに来ると言ったろう?」
「…何をしたんだ、お前」
「大したことはしてないさ。ここの署長はわかりやすくて、話が早い」

 買収されたんだろう、と詰め寄る警察官たちに、図星を指された署長は真っ赤になって、クビだクビだとがなり立てている。
 泰成を見上げる、惺の不信感も露な視線に、笠原家の御曹司は肩を竦めた。

「どうせ使い道のない金だ」
「泰成」
「それで貴方が救えるなら構わないじゃないか。大した金額じゃない、気にするな」

 泰成の背後から、彼の横暴さに敵意を剥き出しにした警察官たちのが、鋭い視線を向けている。しかし泰成は少しも意に介さない。嫌味な笑みを浮かべ、彼らに向かって口を開いた。

「強欲な上司で、残念だったな?しかし強欲な上司に愚鈍な部下なら、似合いの取り合わせだろう。この人が無実なのは間違いない。私が証人だ」
「貴様なんかの言葉が証拠になるものか!行かせないからなっ」
「そう言うと思ったから、手っ取り早い手段に出たまでだ。つまらぬ相談は署長とやりたまえ。我々は忙しい」

 惺の肩を抱き、泰成は再び「行こう」と声をかけて歩き出してしまう。
 立ち塞がろうとする者、罵声を浴びせる者。しかし彼らを追いやったのは、ここの頂点に立つ署長だった。
 久々の小気味いい展開に泰成が気を良くしていると、地上へ上がる階段の踊り場で思いっきり鳩尾に肘鉄を食らう。

「っ…!惺?!」
「お前は最低だ」

 身体を折ってしまった泰成を、惺の冷たい視線が見下ろしている。

「何を言って…あんたを助けてやったんじゃないか!」
「署長を買収して、か?誰が頼んだんだそんなこと。隣に立つな。反吐が出る」
「ちょ…惺!待てって!一人でここから出るんじゃないっ」

 泰成を振り返ろうともせず、すたすたと一人で階段を上がっていく惺の背中を、慌てて追いかけた。感謝されこそすれ、まさか悪態を吐かれるなんて。
 ぎゅうと眉を寄せる。
 惺のことが理解できないのはいつものことだが、助けてやってあんなことを言われるのはあまりに理不尽だ。