【この空の下にC】 P:09


 殺人の方法はいつも同じ。被害者は一人残らず、鋭利な刃物で喉を切り裂かれていた。その深い傷跡に、犯人は相当力の強い男だと断定されている。
 話しかけられて驚いていた記者の目が、深刻さを増してすうっと細くなった。

「…なんだって?どういう意味だ」
「君たちが詰め寄るのは、彼を警察に通報した宿の方が先なんじゃないか、と言ってるんだ。聞いてみるといい。偏屈な女主人が、つまらぬ思い込みを話してくれるだろうよ」

 周囲が唖然としている隙に、泰成は惺の肩を抱いて歩き出す。顔を見合わせる群集は、彼らを追っては来なかった。
 
 
 
 
 
 惺が捕らえられたと知ったとき、泰成は昨夜出会った女主人を、すぐに思い浮かべた。何を言っても答えぬ惺に向けられた、暗い視線。
 時代が時代だ。外国人、とくに東洋人を良く思わぬ者は、この国にごまんといる。捕まったのが恨みを持つ東洋の青年だと聞いて、彼らはさぞかし溜飲の降りた思いをしただろう。
 タブロイドの記者ぐらいは追いかけてくるかと、惺の腕を引いて裏道に入った泰成は、そっと後ろを振り返った。どうやらついて来る人間はいないようだ。

「だから一人で出るなと言ったんだ」
「………」
「あんたその調子で、警察に引っ張られたときも黙ってたんだろう?面倒だと言う気持ちもわかるが、あのままじゃ弁解の余地も与えられずに死刑台へ直行だったぞ」

 立ち止まり、そっと腕を放す。
 惺は少し青ざめていたが、しばらくは黙って自分の腕をさすっていた。

「何か言えよ」
「…別に、構わないさ」
「なんだって?」
「僕を殺せるなら、殺せば良かったんだ。その方が楽になる」
「惺っ」
「もう関わるな」

 きっぱり言い捨てて立ち去ろうとする惺の身体を、泰成は抱き寄せた。そんな勝手を許すはずがない。

「離せ」
「嫌だね」
「泰成っ!もう僕に関わるなっ」

 今度はお前まで……と、言いかけた惺が慌てて口を噤む。泰成は微笑んで、彼を見下ろした。

「心配してくれるのはありがたいが、それはいっそ、私への侮辱だな」
「なんだと?」
「あんたに心配されるほど弱くはないさ。私を利用しろ、と言っただろ?それだけの力があることは、自負しているつもりだ」
「…必ず痛い目を見るぞ」
「結構なことだ。やれるものなら、やってみろってな。あんたも私も、言っていることはそう変わらないんじゃないか?」